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大阪地方裁判所 昭和42年(手ワ)2919号 判決 1968年1月25日

原告 柴田ゴム工業株式会社

右代表者代表取締役 柴田喜一

右訴訟代理人弁護士 河野春吉

被告 寅瀬捨次郎

右訴訟代理人弁護士 長尾悟

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一、申立

(請求の趣旨)

被告は原告に対し金一、五八六、八〇七円及びこれに対する昭和四二年八月二五日から完済まで年六分の割合による金員を支払え、訴訟費用は被告の負担とする、との判決並びに仮執行の宣言を求める。

(被告の申立)

主文同旨の判決を求める。

第二、主張

(請求原因)

一、被告は多田守三と共同で原告に宛て、(1)金額一、〇〇〇、〇〇〇円、振出地支払地とも奈良市、支払場所株式会社住友銀行奈良支店、振出日満期とも白地、(2)金額五八六、八〇七円その他の手形要件は(1)と同じの約束手形各一通を振出交付した。

二、そこで原告は、右白地手形二通の各振出日を昭和三九年五月一四日、各満期を同四二年八月二四日と補充し、阿部繁利に隠れた取立委任裏書をしたところ、同人は更に三和銀行に取立委任裏書をなし、同銀行は満期に支払場所に右手形二通を呈示して支払を求めたが、いずれも支払を拒絶された。

三、よって被告に対し右手形金合計一、五八六、八〇七円及びこれに対する満期の翌日である昭和四二年八月二五日から完済まで手形法所定率年六分の割合による利息の支払を求める。

(被告の抗弁に対する原告の答弁)

被告の抗弁事実は否認する。

(請求原因に対する被告の答弁)

一、原告の請求原因一、の事実中原告主張のような白地手形二通に被告が住所氏名を記入し署名捺印したことは認めるが、被告が多田守三と共同振出した点は否認する。被告は前記多田の署名捺印に並べて署名したがこれは手形上の保証人として署名したものである。

すなわち本件手形の要件たる支払地、振出地、支払場所は、いずれも多田守三の関係ある地又は取引銀行であり、振出人は多田守三のみである。被告の住所は枚方市であり、支払場所たる住友銀行奈良支店には取引口座はなく無関係である。この外観的関係からみても被告の手形行為は手形保証に止まり共同振出人ではない。

二、請求原因二、の事実は不知、同三、の主張は争う。

(被告の主張及び抗弁)

一、本件(1)(2)の各約束手形は、振出日、満期ともに白地で振出されたものであることは原告の自認するところ、白地手形は、要件の補充完成の時に手形の振出行為ありと解すべきであるから、本件手形の振出日が振出人多田守三死亡後である昭和三九年五月一四日に補充されたことは、結局振出行為が無効に帰したことになるのであって、したがって無効の手形行為を前提として手形保証した被告の手形行為も同様無効のものと断ぜざるを得ず被告は手形債務を負わない。すなわち主たる債務の成立しない限りこれに附従する被告の保証債務もまた成立する余地がないからである。

二、本件手形の補充権の行使は、消滅時効、完成後になされたものであるから無効である。

白地手形補充権授与行為は商法五〇一条四号所定の「手形ニ関スル行為」に準ずるものであり、右補充権の消滅時効については商法五二二条の「商行為ニ因リテ生シタル債権」の規定を準用し、五年の時効によって消滅すると解するのが相当である。しかるに、本件白地手形の振出されたのは、多田守三の死亡した昭和三二年一〇月五日以前であるところ、右白地補充権は遅くとも右死亡後五年を経過した昭和三七年一〇月五日をもって、消滅時効にかかるから時効完成後である昭和三九年五月一四日の振出日の補充は無効といわざるを得ない。

三、本件手形の原因関係たる商事債務につき消滅時効が完成したから被告はその支払義務がない。

被告は多田守三の子の夫である関係上多田が原告から買入れたゴムの代金の支払のため本件手形を振り出すにつき右代金債務を手形上保証する目的で署名したのであるが、多田は事業に失敗し、昭和三二年七月三一日営業を閉鎖し、清算した結果、多田の原告会社に対する債務は一、七六一、八三八円であったが、原告及び多田の代理人被告が協議の上、原告は金八八一、八三八円の債権を放棄し、残額八八〇、〇〇〇円を多田と被告が連帯して毎月末日に(イ)昭和三二年九月から同三三年六月まで金一〇、〇〇〇円あて、(ロ)同三三年七月から同年一月まで金二〇、〇〇〇円あて、(ハ)同三四年一二月から同三五年一〇月まで金三〇、〇〇〇円あて分割して支払う旨を契約した。それ故右残債務は、最終弁済期日である昭和三五年一〇月末日から五年経過後の同四〇年一〇月末日をもって時効が完成したから被告はその支払義務がない。

仮りに右主張が理由がないとしても、本件手形の原因関係たる多田の債務の弁済期は遅くとも昭和三二年七月末日頃であったから五年経過した昭和三七年七月末日頃商事債務の消滅時効が完成しているから、いずれにしても被告は支払義務がない。

第三、証拠≪省略≫

理由

一、被告の手形行為について

多田守三が原告主張のような白地手形二通を振出したことおよび被告が右手形二通に署名捺印したことは当事者間に争いのないところ、被告は、右は多田のため保証したものであって、共同振出ではなく、本件手形は同人死亡後に補充されたから本件手形の振出は無効に帰したのであり、従って被告の手形行為も無効になったと主張する。

ところで手形面上、保証人の表示がなく振出人らんに単純な署名が並列的に記載してあるに止まる場合においては、特段の事情のない限り原則として共同振出人と解するを相当とすべく、これと異り手形保証である旨の主張をなす者は、振出人との比較における法律上の有利性からしてその立証責任をも負担すべきである。けだし、手形行為の手形上における効力は、手形法におけるいわゆる客観的解釈の原則に基き表示行為の性質により決定すべく、右表示によって手形保証人と認められないことによる危険性は、その危険な表示をした手形行為者に帰すべきものだからである。

手形の表面になした単なる署名は保証とみなす旨の手形法三一条三項の規定も、右の解釈の妨げとなるものではない。すなわち右の規定は前記客観的解釈の原則により共同振出人等保証人以外の手形行為者と認められない場合の署名の性質について定めたものと解されるからである。

そこでこれを本件についてみるのに、弁論の全趣旨により成立を認めうる甲第一、二号証(本件手形)によれば、被告は、多田守三の署名と並べて振出人らんに署名捺印していることが明らかであり、保証人その他手形保証であることを示す何らの記載のないことからすると共同振出人と認めるのを相当とする。もっとも前掲甲第一、二号証によれば、被告の主張の如く、支払地、振出地、支払場所とも多田守三の住所と関係があって、被告の住所と記載されている枚方市と関係がないことが認められ、又多田守三の署名と比較すると被告の署名が多少低く記載されている事実も認められなくもない。しかしながら、被告主張の如く被告の取引口座が本件の支払担当者たる銀行にないかどうかは、本件手形面上明らかではないし、その他に前認定のような事情があるからといって、多田守三が本件手形の振出人であり被告が従の関係にある手形保証人であると認めるに足らない。むしろ、手形行為が厳格な要式行為であることは、その要式性と合致する解釈すなわち本件の場合においては振出人と解することにおいて当事者の意思とも合致するものである。

しからば被告の本件手形行為が保証であることを前提とする被告の主張はその余の判断をなすまでもなく失当として採用できない。

二、本件手形の補充権の行使が消滅時効完成後であるため原告の補充が無効であるとの抗弁について

被告が多田守三と共同で本件手形を満期、振出日白地の手形として振出したことは前記認定のとおりであるが、更に前掲甲第一、二号証によれば、原告は主張の如く満期及び振出日を補充したことが明らかであり、その補充の時期が振出日以降である点については原告において明らかに争わないものと認められる。

ところで満期白地の手形の補充権の時効期間については補充権の法律上の性質を如何に解するかによって適用さるべき法律に差異を生ずることになるのであるが、補充権の行使は、手形要件を記入する行為であるから手形行為に準ずる行為とみるべきであり、従って補充権の時効期間も商行為たる手形行為の時効期間に準じ商法五〇一条四号五二二条を類推して五年の時効に服すると解するを相当とする。もっとも、補充権の行使によって手形債権を生じ、手形債権の時効期間の最長は、為替手形の引受人、約束手形の振出人に対する手形金請求権の時効期間である三年であるから債権を生ぜしめる行為の基礎たる権利についても債権に準じ三年と解する見解も考えられないではなく、この見解によるときは、満期の記載のある白地手形の時効期間が、右の手形債務者について三年と解されることと基調を同じくする利点がある。しかしながら、満期の記載のある白地手形の時効期間が三年とされるのは、補充権の時効期間というよりは手形債権保全の必要によるのであり、基本となる債権自体が消滅すればこれを完成する権利の時効を考える余地もないからに外ならない。また白地手形の補充権が形成権であることから単純に民法一六七条二項の財産権であるとして二〇年の時効に服するとの従来の見解は、右補充権が形成権であるとはいえ、白地手形を完成する準手形行為である性格を見落したものというべきである。

ところで、本件手形の振出日が昭和三九年五月一四日と補充されたことは前記認定のとおりであるが、成立に争いのない乙第二号証によれば、共同振出人多田守三は昭和三二年一〇月五日死亡したことが認められるから弁論の全趣旨によって認められるように、被告らの手形行為がおそくとも同人の死亡前になされたと解される以上、原告の前記補充の時期は、補充権の時効期間経過後であることは明白であるから原告の右補充は無効であって、被告の本件手形に関する振出人としての債務は消滅したものというべく、被告の抗弁は理由があり、原告の本訴請求は失当として棄却を免れない。

よって訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 仲江利政)

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